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愛媛県大洲市と滋賀県安曇川町との交流は、今から382年前の元和3年(1617年)、加藤家が米子から大洲に移封したことにより、家臣であった祖父仲江吉長ともに安曇川町に生まれた仲江藤樹先生が移り住んだことに始まる。
中江藤樹先生は、10歳から27歳まで大洲藩に在籍し、地方民政をあずかる一方、中川貞良をはじめとする同僚の人たちと儒学の研鑽に励むなど、のちに《近江聖人》としてたたえられた人間形成や《日本陽明学の祖》として大成した学問形成の礎は、大洲の地で培われた。
そして、近江帰郷後においても、中江藤樹先生と大洲藩士との交流は、書簡による学問指導や藤樹書院での講議を通じて、先生が41歳で亡くなるまで続き、「良知に到る」教えを大洲の人々に広めた。
こうした交流の歴史を踏まえて昭和48年の夏に高島ライオンズクラブの上原茂人会長より大洲ライオンズクラブ城戸龍郎会長へ姉妹提携の提案がなされ、翌、昭和49年の5月25日に高島ライオンズクラブより33名の会員をお迎えして、大洲市民会館において認証式を挙行いたしました。
さらに、同年11月の秋には、大洲ライオンズクラブ一行40名が安曇川町を訪問し、合同の例会を開催し、姉妹の友好を更に深めるため記念事業の提携が発議され、両ライオンズクラブによる青少年の交換留学生派遣が決定いたし、その第1回として昭和50年度より実施することになりました。
こうして、30年間に亘り続けられた両クラブの青少年交流事業により、大洲市と安曇川町の姉妹提携や、大洲市による安曇川町との青少年交流事業へと発展し、ある一定の成果を挙げることが出来ました。平成17年からは、クラブメンバーによる交流に事業の見直しをして、高島ライオンズクラブと大洲ライオンズクラブの新たな交流事業が始まっているところです。 |
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